脚本基礎クラス 受講生レポート(随時更新)

脚本基礎クラス受講生の皆さんに、受講後の感想を書いていただいています。

シナリオなんて書いたことがない、まったくの初心者の方も受講されますが、そんな方でも30分もののシナリオは書きあがってきます。その質はもちろん、即映像化出来るものとは言えませんが、ゼロからスタートして書き上げるところまでいけるのは、本当に素晴らしいことです。

基礎クラスではシナリオに書き上げてから、楠本先生の最後の講義で〈ホン打ち(脚本打ち合わせ)〉〈改稿〉について講義いただいています。つまり、質を上げていくには、“改稿”が必要なのです。そして改稿の過程では基礎クラスで行った企画、アウトライン、プロット、ハコ(構成)というポイントを振り返って考えることになります。そういう意味でも、基礎過程とは、必ず立ち返る里程標を知り、学ぶ機会でもあります。

なにはなくとも、まずはここから。そしてどんなに書くことに慣れても、プロやベテランになっても、この過程は常にあるものです。本当に書きたい、始めたい、という方は、避けては通れない道です。ぜひ挑戦下さい。


 

 

他校の脚本スクールで数年勉強した後の受講でした。受講前には、某コンクールで最終候補まで残るようになっていました。そんな私がなぜ基礎クラスを受講したのか。それは講義内容が魅力的だったからです。しかも講師は楠本ひろみ先生!現役のシナリオライターですよ。プロのシナリオライターから直接指導を受けれるなんて!しかも京都で!!
現役シナリオライターが直接指導…確かに東京ならね、ありえます。ですが、私は兵庫県在住です。東京には通えません。でも京都なら…二時間半です。資料請求して、即申し込みしました。

真夏の京都まで毎週休まず通いましたが、往復五時間もなんのその。講義内容はどれも実践的で、楠本先生作成のレジュメや受講ノートは私の宝で、今でも執筆時には必ず横に置いていつでも読み返せるようにしています。

つい先日、私の書いた小説が『女による女のためのR-18文学賞』(主催・新潮社/協賛・吉本興業)の最終候補6作に選ばれました。この小説は脚本基礎クラスを受講後に書いた作品です。楠本先生の教えに沿って書き上げました。五本企画から、アウトライン、キャラ作りのためのマインドマップ、プロット、ハコ書き、そして企画書まで。
どれも脚本を書くための講義でした。ですが、私はこの方法で小説を書きました。そうなんです、脚本基礎クラスの講義は十分小説執筆にも役立つのです。実際、最終候補昨になった私の作品も手順は同じ。脚本も、小説も、脚本基礎クラスを受講すれば書き上がる。だから、実践的なんです。

残念ながら『R-18文学賞』の受賞は逃しましたが、過去には最終候補作から映画化された作品もあります。企画書は完成しています。映画化へ向けての熱い気持ちを込めて書きました。ご興味のある映画関係の方々は、ぜひご連絡下さい!(笑)

渥 ゆ史か(あつい・ゆしか/基礎クラス16-2受講)

この先の人生で文章を書いてみたい、その前に全体の構成やルールを勉強したい、それに近いことを学べそうな学校が近くにあった、これが私の受講の動機でした。映画もドラマも殆どまともに見たことがない上に脚本が何かも知りませんでしたが、初めの講義から、共通鑑賞課題の映画で講義の意図やルールをわかりやすく教えて頂くというものでしたので、躓くことはありませんでした。講評はいつも赤で丁寧に記入を頂き、先生のストレートな表現が面白くて、学ぶことが楽しくて、一講義3時間、毎回自分の心音が聞こえるほどドキドキしておりました。
プロデューサーの回ではどの立ち位置でどんな人たちが映画を作っているのかといった概要を教えて頂いたり、講評で客観性、必然性を問われ矛盾を浮き彫りにして頂くことを通し、映画を観る目や課題への取り組み方は勿論、日常の仕事の仕方までがガラリと変わってしまいました。
改稿はマインドマップからやりなおし、絞り出し組み立て直して余分なものを捨てています。受講生は登場人物と同じように変化します。それはそう簡単に巡り会えない、素晴らしい経験だと思います。
楠本先生、田中さん、ありがとうございます。

田中 里佳(基礎クラス16-1受講)

私が講座を受講したのは、話を作ることが勉強して得られる技術ならば、修得したいという想いからでした。
映画やドラマ、映像のシナリオを書きたいのかというと、そうではありませんでしたが…。

受講しての変化は、筋道が前より見えるようになりました。
過去に書いていた作品と比べると一目瞭然、けっこう愕然としました。
どこに向かうでもない、今までどれだけ独りよがりなものを書いていたのかと。

だからといって技術が向上したかというと、それはそうではありません。
書きたい題材があるのにアイデアを活かしきれない苦しさは、現在も相変わらずです。
けれどそれはもう、少しずつ改善を重ねて、地道に続けて力をつけていくしかないと思っています。

講座を受けて、見えなかった所に一筋の光が見えました。
私にはそれだけで十分、価値のある講座でした。
お世話になりまして、ありがとうございました。課題の締切をいつも破ってすみませんでした。

匿名希望(基礎クラス16-1受講)

中級クラスは三度目の受講となります。
三回とも、楠本先生と事務局田中さんが、手を変え品を変え、講義の形を工夫してくださり、今回も新しく課題に取り組むことができました。
が、やはり変わらずにネックになるのは、作品に反映される自分という存在で。

まずぶち当たったのが、プロットです。
同じモチーフをこねくり回して、計十回以上書き直したものの、先生もプロデューサーさんも良しとはしてくれません。
書き直したものを時間外にわざわざ見てもらっても、ダメなものは駄目。もう何をどうすれば良いのか、途方に暮れました。そうこうするうちに、他の生徒さんはハコに進んでいく……。もう最後通牒とばかりに、楠本先生から「このプロットでハコへ進め」とメールでプロットを読んだ時には、結構凹みました。

続いて、「改稿」です。
私は今回の中級で初めて「改稿」を学んだように思いました。
というのも、丁寧な事務局回や本ウチの授業があり、他の生徒さんの作品が変わっていく様がつぶさに分かったからです。

最後のクラスが終わって初めて、「改稿とは何ぞ?」が分かった気がしました。
「プロット」にしろ「改稿」にしろ、自分の作品に何が足りないか、先生や事務局さんの言葉ではあまりに抽象的過ぎて、一皮むけない自分にかなりフラストレーションが溜まりました。

「もっと人の裏を読んだり、汚い部分を想像したりしなさい」
ありがたいお言葉です。脚本を学ぶと、生き方も変わってくるようです。

北村紗代子(中級クラス16-1受講)

受講した感想としては「面白かった」その一言につきます。
 物語とは何か?
 そんな単純な問いから始まった講義は、回が進むごとに物語が構造的であることを教えてくれました。とある映画を観て、それがなぜそう作られているか、分解して、理解する。ただの観客の視点から、クリエイターとしての視点へと切り替わっていく。そうしたときに、物語に配置されている『意図』が目に見えて、また物語が面白くなっていく。
 たった9回の講義ですが、とても意味のある講義ばかりでした。
 よく「作品が最高の勉強材料だ」なんて言葉を聞きますが、未熟なうちは真に受けない方が良いのかもしれません。自己流に、ただ闇雲に作品ばかりみても気づけないことがあるはずです。分解して、理解する。それを効率的に行うには、やっぱりクリエイターとしての視点を育てる必要があるはずです。
 この講義では、その視点を学ぶことが出来ました。
 もし、私がこの講義を受けずに自己流で進んでいたら、何年たっても気づけない『意図』がありました。だからこそ、この講義を受けて良かったと心から思います。物語に対する、私には足りなかった視点を補えることが出来たのですから。
 最後になりますが、楠本先生、事務局の方々、2か月半もの間お世話になりました。まだ改稿という作業が終わっていませんが、ぼちぼちと締め切りまでに終らせて提出いたします。(必ずや)
 すごく楽しい講義、ありがとうございました。

スナバ(基礎クラス15-4受講)

 僕は学生の頃はサークル活動で小説を書いておりました。その影響で創作論をかじるようになったのですが、そこでは「三幕構成」や「プロット」など、映画由来の用語をよく見かけます。それならばいっそ映画論そのものを勉強すれば良いじゃないか、とシドフィールドやリンダシガーを読み進めてみました。しかし知識はついても、使いこなすのはなかなかうまくいかないもの。そこで時間と予算の都合がつくこの映画脚本講座を見つけ、受講いたしました。
 さて受講した内容ですが、これが予想以上に面白く、とても勉強になりました。
 良いプロットとは何か? なぜプロットを作るのか?
 盛り上がらないクライマックスは何がいけないのか?
 そもそも、ストーリーとは何なのか?
 講義ではこれらの疑問に対して明確な定義を当てはめ、そして実例を確認しながら課題に取り組みます。
 講義期間の2ヶ月半は、脚本開発の各工程について段階的に学びながら、自分のアイディアを企画として少しずつ育てていくものでした。社会人として働きながらこの講座を受講して課題をこなしていくのはなかなかハードです。課題は間に合わないことばかりでしたが、自分の疑問や考えを先生やスタッフの方に訊ねて、すぐに答えて頂けるのはとてもありがたく、また面白い体験でした。
 面白い作品を見るのは面白いですが、それらを作るのはもっと面白いですし、それらを作っている人達はさらに面白いです。この講義ではその一端に触れることができて、とても良かったです。

北山みちる(基礎クラス15-4受講)

「寒い京都で脚本修行」

 1月から3月にかけての最も寒くなる時期に、週一回のペースで京都に通いました。
 講義は日曜日に限定されているので、土曜日出勤がある場合でも、休まずに授業に参加できるので申込を決めました。
 平日はもちろん仕事をしながら週末に京都に行くわけですので、京都で温かいものでも食べて、ぶらつきながら15時からの授業に出る。そんな観光気分で通いだしました。
 これがとんでもなく甘い考えであったことは、この後に出される課題に必死になって挑んで行く事態で明らかになりました。
 最初は「5本企画」の宿題です。提出期限は五日後。
 あせりました。考えれば考えるほど、出てきません。しかも日曜日の夜から木曜日の提出まで、業務のある中でいつ宿題にとりかかれるのやら、心配でしたが、何とかやれば出来るもの。思いついたら夜中でも、時には仕事中でもさっさと書けばそれなりに出来ました。
 でも5本ともどれもイマイチ、冴えない出来にショック。こんなはずでは無い、との思いがいつもついてまわりました。
 そんな冴えない5本の中から「ましな1本」を自身で選んで、次はアウトライン(ストーリー)の作成です。
 主人公を取り巻く環境やイメージを「手書き」で書き出して行きます。
 「手書き」でなければならない理由は、アイデアは右脳の働きから生まれる。
 右脳による発想やひらめきは「キーボード入力」では生み出されない。
 これは楠本先生のお考えです。
 正直、私は半信半疑でしたが、コレが驚くこと、企画、アウトライン、プロット、構成、執筆、改稿と進めて行くと、右脳の発想やひらめきを求める場面と、左脳の分析や論理が必要となる場面とでは明らかに自分に求められている要素が違っています。
 確かに、企画やプロットは「キーボード入力」では限界がありました。
 自由な発想が阻害される感じがあります。
 この次はプロット(あらすじ)の作成です。
 これも非常にタイトなスケジュールでの提出でした。
 企画で選んだものが、今度は主人公が誰で、主人公の行動目標がどのようなものであるかを決めなければなりません。
 書けば書くほどに選んだ企画がつまらないものに思えてなりませんでした。
 それでも、うまみを探して、主人公のキャラクター、状況設定、クライマックス、エンディングのカタルシスを作り、魅力的なストーリ−を目指しましたが、納得の行くものにはならないままに提出。
 やっぱり、プロデューサーから突っ込みもあり、企画自体の見直しを迫られました。
 ピンチです。
 しかし、次の構成を提出する期限までには少し余裕がありましたので、今の企画のままで着眼点を変えた内容を検討することにしました。
 人間とは本来「怠け者」であります。
 余裕があることで、逆にすぐには行動できず、結局ギリギリになっての宿題提出でした。
 これはプロであっても誰しもが陥りがちなこと、だから「ホテルかんづめ」が有効なんですねえ。
 自分を律する為のスケジュール作成がそれだけ大事かを頭だけで理解しましたが、やっぱりこのような状況になると身体が言うことを聞いてくれないような気はします。
 なんとか提出した構成を元に、いよいよ脚本執筆です。
 ト書きと台詞でシーンを積み重ねる。
 このように書くのは簡単ですが、一つ一つのシーンを考えるといろいろな見せ方があります。
 どのように書けば伝わるシナリオになるのか。
 簡単ではありませんでした。悪戦苦闘の2週間。しかも今週は仕事で東京出張。ノートパソコン持参での出張にしました。
 まさに出張先のホテルで夜中までの脚本作成は、私の「初ホテルかんづめ」体験になりました。
 そして、先生や参加されていた生徒さんからの講評を受けて、この作品は改稿段階に入りました。
 言われたことを参考に改稿すると、物語が壊れて行きます。
 壊れないように繕い繕い作りあげた脚本は、やっぱりまだ自分の納得出来るものではありませんでした。
 こっから先は中級クラスで教えて頂くつもりです。
 コレが、私が一本の脚本を作り上げるまでの経緯です。
 これらの段階を踏んでいくたびに、毎週の授業ではもちろん、楠本先生から、作成の手順、心得等の講義を受けていました。
 「創作することを教える」ことは大変困難なことだと思います。
 しかし、楠本先生の授業は大変分かり易いものでした。
 それは、すべての創作過程で、観念的にならず、現実的で理知的に作業手順を教えていただいたからだと思います。
 そして、毎回の講義は、最初に前回のおさらいをして頂いてから今回の講義内容に入って行くと言う構成であったことで、心に落ちる授業となったいました。
 また、事務局が講師となって行われた「映画概論」や「本読み」、プロデューサーが講師となって行われた「プロット講評」があったおかげで、脚本を自分の目線だけでなく、別の角度から見れる視線を獲得出来たと思います。
 まだまだ、私の格闘はこれからも続きます。
 あらたなクラスで授業を受けて、いつか自分が納得できる脚本が書けるようになるために、シネマカレッジ京都の皆様にはサポート頂きたいと希望します。

匿名(基礎クラス15-4受講)

「70代の手習い」

何か新しい事をはじめたい。最初は芝居の台本とかを考えました。とりあえずインターネットで調べて、シネマカレッジ京都、脚本基礎クラスを知り、すぐ申し込みました。
始まって一緒に学ぶ方々は皆さん孫に当たるぐらいの若さです。でもそれは想定内でした。
まず、映画『レインマン』を観て後、1回目の講義があり、映画のあらすじを追いながらシナリオの説明がありました。次に観る映画の指定もありました。(何か楽しいな)そんな気分でした。
楠本ひろみ先生の講義はまず声にはりがあり、聞き取りやすく理解した心算でしたが、それは錯覚でした。
早速、五本企画、という課題の宿題がありました。アッという間に期日が迫り、考える時間も無く思いつくままにたどたどしくキ-を叩いて、なんとか送りました。添付という機能を使うのも初めてでドキドキしました。
アウトラインも、ただただ課題提出はしたものの、ついて行けてない感じです。
次の講義のときにはっきり思いました。私だけピントがずれている。30分のシナリオなのに内容がごたごた長い。
そして最大のピンチ、企画意図、とプロット、添付で送ろうとしたところパソコンが故障、こりゃ、とうとうパソコン潰れた、「もう、辞めたら」と天の声がしたような気がしました。
しかし水道工事の人が誤ってパソコンの線を切断したためと翌日わかりました。提出したプロットは、途中までなので、これは楠本先生には送れませんと温厚な事務局の田中さんに書き直しをうながされました。メールでいろいろアドバイスも戴きました。
それからアウトラインに楠本先生の赤ペンで記された疑問符や指摘、コメントと首っ引きでプロットをかきなおしました。その後、楠本先生の指摘もあり、今までの話の1部を切り取る形に改めました。ハコ書きそして脚本。
何とか脚本提出はできました。しかし講評の後、帰って来た脚本にあるおびただしい添削,駄目だし、コメント等々、尤もだとは思うもののむつかしすぎてどうしたらいいのわかりませんと、言ってしまえばおしまいなので、何とか努力して改稿に取り組みます。
楠本先生、事務局の田中さま、共に学んだ皆様ありがとう御座いました。

立入 美代子(基礎クラス15-3受講)

「制作までへのまわり道」

脚本を書きたい。
なら紙とペン、もしくはワードソフトがあればいい。賞レースのために、形式に従ったものを仕上げたいのであれば、参考になる資料はたくさんある。しかし、その始めることの容易さこそが、書くことの難敵であったりする。
人は何かに「圧され」て、ペン先を紙に圧し、パソコンのキーを指で圧し、文字を書き連ねていく。
いつでも書くことができるという圧力のなさは、いざペンを握ろうとも、パソコンを立ち上げようとも、白いその画面に気持ちがツルツルと滑って、結局また明日と制作を先送りにする。
シネマカレッジ京都の脚本講座は、全9回の授業のうち7回目を超えてから、いよいよ脚本本稿の制作に取り組む。短すぎず、長ったらしくもない、2ヶ月半のスパンで書き出しに至る。その間に知っていった方法や約束を使って、7回目の授業までにフツフツとプロットを煎じ詰めていく。学校に行く途中の道のりでも、授業で扱われる自分の構成やプロットが伝わるかどうか、こうしたほうがよかったんじゃないかなどと、考えざるを得ない。それは拘束から生まれた義務にも似ているが、シネマカレッジの授業は定められたルールの中で書くのではなく、あくまで方法を教えてくれた上でのその実践であった。講師はどんな題材でも、どれほど出来が不十分でも、読んで的確に指摘してくれる。義務よりか、教わった方法に圧されて、課題をこなし、脚本制作へと向かっていく。当然〆切りという容赦ない外圧もある。
圧され進んで、結局クラス全員が30分の脚本を書き上げた。もちろん第1稿で完成であるわけがない。改稿の仕方の授業が直接受ける授業の終わりである。ここから圧力がどんどんなくなっていく。テストが終われば勉強はおろそかになっていくものだ。しかし〆切りや授業はなくなったが、教わった方法はなくならない。書き上げて、さらにまた書き始める困難にぶち当たりつつも、そういえば脚本とはドラマの制作を始めるために絶対に必要なものであり、書き出さない限りドラマは始まらないことを第1回の授業で習ったことを思い出す。
ひとり閉じこもって書くことは辛くもあるが、書くことはドラマを起こすアクションでもある。そして立誠へ通ったことも、ドラマを起こすアクションの一つである。このドラマの結末に至るためにも、再度書くアクションを起こし続けようと思う。

宮田 陽介(基礎クラス15-3受講)

脚本にもともと興味があり、指南書などを通して勉強していた矢先、シネマカレッジ京都の存在を知りました。今回、受講してみて良かったことは脚本の書き方はもちろんのことですが、それ以上に先生、一緒に受けた受講生やスタッフの皆さんと出会ったことで自分の映画に対する考えがいかに浅かったかということに気付かされたことでした。歳や経験の差で自分とは違う価値観で映画を捉えている人に出会えたことも大きかったと思います。簡単にいえば、この環境で映画についていろいろな面で「刺激」を受けたということが大きかったかのように思います。講義も初心者から分かりやすく脚本を書きあげられるように設定されていたので、理解しにくい指南書を読む前に一度受けてみた方が理解力に差がうまれると思います。これからもジャンルを問わず様々な映画やドラマを見て勉強し、今回の講義内容を思い出しながら脚本を書いていきたいと思います。今後の目標としては、ベタではありますが、お客さんが映画を見て「明日からがんばろ」と思えるような作品を生きている間に何本か書ければいいなと思います。また機会があればシネマカレッジの講座に参加したいです。

小泉 洋介(基礎クラス15-3受講)

ト書きすら知らない、無知な状態からシナリオの基礎について教えて頂きました。
シナリオが小説とは違う最大の点は、シナリオを基にして多くの人達と協同して、
それをフィルムに描かなければならないということを学びました。
その為、自分の頭の中のカメラに映っているものを、いかに他の人にも分かってもらえるように
書くかというのが、やはり私にとっては一番難しいことでした。
とかく、自分の思いが先行して、独りよがりだったり、自分だけが分かっている、または、人もこれなら
分かるんじゃないだろうかという、手前勝手な傾向に走っていたと思います。
しかし、自分だけではなく、他の人にも自分が書いたものを読んでもらうことで、
そうしたことに気付かされることが多々あり、他の人に自分の書いたものを読んでもらう
重要性も併せて学ぶことが出来ました。
それは自分ひとりで書いていては絶対に気付けなかったことだと思います。
それは共に学ぶ相手や、初心者を相手にして辛抱強くご指導くださった講師や事務局の方の、
サポートがあればこそと感謝しております。ありがとうございました。

小恵(基礎クラス15-1受講)

本講義を受講し自分は、脚本制作の形式を学ぶことができました。内容の善し悪しに関係なく、物語を考え形にするためには脚本のつくり方を知る必要があると改めて思います。脚本を書く経験のあまりない人がいざ脚本を書こうとすると、伝えたいことや見せたいことばかりが頭に浮かび、書きたいけど伝わらないという結果に陥りやすく、書き方を理解することは想像力を制限するどころか掻き立てるのだと教わりました。また課題をこなしていく中で困難があるのですが、すべてプロになる前に知っておくべきものだと思うので、とても勉強になりました。

鍋島 興市(基礎クラス15-1受講)

脚本を書く正しいメソッドを学べてうれしかった。今までは全体を見渡さず、思い付きをまとめたものだったが、先に全体を決めてから書いていくという方が合理的だし、直し易いと学べた。また、何回も直しをするうちにどんどんと物語がまとまり、考えもまとまってくるというのは新鮮だった。
誰かに自分の作品を批判されるのは初めてで、強く出てしまうことが多々あってしまったが、それに沿って直しをすれば確実に作品はよくなるので、批判の重要さをよく理解できたと思う。
それと本当にプロデューサーの方と会話したり、役者さんに本読みをしてもらえるのは、それはそれで新鮮でいい刺激になった。
今回習ったことで一番重要だったのは、イメージはイメージだけではないに等しいということ、またテーマに焦点を当て、それを表現する方向にする(言い換えれば、テーマが絞られるまで何度も煮詰める事)が大切なのだとわかった。

福田 匠(基礎クラス15-1受講)

この講座を受けるまで、何か物語を考える際に注意していたポイントは、二つだけでした。台詞が説明クサくないか、矛盾が生じてないか…逆に言うと、それらだけ抑えておけば万全だろうと高を括ってもいました。しかし講師の先生が最初に教えてくださったのは、主人公がいかに物語と密接に結びついているか、ということ。物語の展開や、書きたいシーンのことばかり考えていた私にとって、それは思ってもない視点でした。思えば、講師の方に指摘されたような客観的な・多角的な目線をもたなかった今までの作品は、随分独りよがりなものになっていたのかもしれない、と気づかされたことがこの講座を経て起こった、一番大きな変化だと思います。
 「好きなものを好きなように、好きなだけ」そのような創作方法も作者ならではの熱量や作風が反映されて面白いですが、スタンダードな方法論を知っているか知らないかでは随分と違うと実感しました。絵描きに例えると、デッサンを踏まえたうえでデフォルメするか否か、といったところでしょうか。
また、先生の教え方もとても丁寧で分かりやすく、用語の意味から始まり、脚本家の方だからこその裏話のようなエピソードまで聞くことができたので楽しく講座を受け続けることができました。

匿名(基礎クラス14-4受講)

脚本講座を受講して、きちんと構成を考えて書くようになりました。講座を受ける前はただひたすら書きたいことを書いていくという形で書いていましたが、きちんと考えてから書くようになり、日々の作品の質も徐々に上がっていったかのように見えます。講師の方の指導は非常に丁寧で、有名な映画の構成を例に挙げて進めていくスタイルはとてもわかりやすく、楽しく学んでいくことができました。

つん(基礎クラス14-4受講)

脚本を書く上で一番重要なことは、文章が書けること――この講義を受ける前はそう思っていました。
しかし、講義を終えた今、それだけでないことがよくよく分かりました。

もちろん、脚本を書く上で文章力は必須条件ではあるのだとは思いますが、
それよりも大切なこと(そしてそれは私にとって非常に難しいこと)が沢山ありました。

例えば、主人公をいかに動かすか、プロットポイントはどこでそれはその後の主人公にどう影響するのか、
そもそも主人公の物語を通しての欲求は何なのか、など。
これらをひとつひとつ明確にしながら脚本に仕上げていくには、文章力だけでは到底成り立ちません。
企画力はもちろん、物事を客観的かつ多様な角度から見る力に、論理的な思考を持つこと、
情報収集力、そして何事にも疑問を持つことなど、挙げればきりがありませんが、
脚本を書く上ではそういった力が非常に重要となってくるのだということを学びました。

全10回の講義を終え、人生初の脚本を何とか書き終えました。
しかし、自分ですでに気付いている点や現時点では見えていない問題点も含め、
まだまだ改善すべき点が多々あります。
講義をしていただいた先生方や一緒に講義を受けた皆さんのご指摘を参考に、
これからも改稿を続けていきたいと思います。

課題は大変でしたが、「何かを学んでいる」ということが楽しく充実した3ヶ月でした。
お世話になった皆様、本当にありがとうございました。

田中 麗(基礎クラス14-2受講)

私がこのコースを受講した動機は、会話で物語を成立させる、という事に興味を持ったからである。

プロの脚本家が講師の先生であるということが、先生の人柄と相まって、とてもよかった。例えば、大学の先生は研究者の方が多いし、小説家の方エッセイストの方が講師で来られても、講義としては分かりにくかったりもした。

楠本先生以外の講師の方々も、色々な立場からの話が聞けて楽しかった。正直なところ、毎週課題をこなすのは、なかなか大変であったが、他の講師の講義が入ることで課題に取り組むための時間と気持ちの余裕が生まれて、助けられた。

中島監督の講評については、映画の全盛期から数多くの映画を手掛けてこられた方の意見は、映像化する場合の視点がより実践的であると感じた。苦しまぎれに出番を増やした、主人公の父親像を評価して頂けて光栄であった。生徒の作品を全部読んで頂けていたので、嬉しかった、という他の生徒の意見もあった。

提出した課題の脚本『鱧、食べたい』の改稿であるが、主人公をどう変化させるかとともに、変化をどうやって現していくかを考えて、取組むつもりである。

半澤 恵子(基礎クラス14-2受講)

「書くことを再認識」

私は1期(2013年4月〜8月)で安田先生の講義を一度受けたのですが、今回、楠本先生の講義を受けて、大変有意義なものを得ることができました。

と言うのも、「アウトライン」「プロット」「ハコ書き」といった、今まで我流でやってきてモヤモヤとしていたものが、回を重ねて、「こういうものですよ!」とハッキリと認識できたからです。

文字通り順を追ってシナリオ完成まで持って行くプロセスが、非常に分かりやすかった。また、それによって、「なるほど!こうすれば話を作ることができて、スッキリと登場人物がテーマに沿って動いてくれる!」ということが、二回目にしてストンと腑に落ちたように感じました。

また、実際の映画を例に、面白い脚本作りの基礎を分かりやすく学ぶことができました。「トリッキーなものを目指さず、素直に「三幕構成」に沿って書けばよろしい」と、過去に書いた作品を振り返ると、確かに当てはまることばかりでした。
少数精鋭で、回を追うごとに課題は苦しくなっていったものの、それにもまして楠本先生の熱いコメントが書かれた朱ペンに愛を感じ、また応えたいと頑張ることができました。

「シナリオはこう書くものだ。しんどいけど、これさえやっておけば後々楽だ」というセオリー、「自分の脚本を自分で演じてみろ」という実践が学べて、得られたことは大きかったです。

一人で書くのは孤独です。自分一人の世界だけでしか脚本を見ることができなくなってしまう。でも、「こうしてみれば」という提案や、「それはないわ」という批評をくださった志摩プロデューサーと事務局田中さん、最後の本ウチで、自分の作品でもないのに、有意義なコメントを下さった他の生徒さん、役者目線で脚本のイメージを立ち上げてくださった俳優のお二人、本当にありがとうございました。

これからまだまだ改稿して、中島監督に「今年はイイ出来ですぜ」と提出できる作品を作ろうと思います。そして、中級クラスで、一皮むけた自分をお見せできるように、頑張ります。

北村 紗代子(基礎クラス14-3受講)

今回、私は初めて脚本を書くことに挑戦させていただきましたが、受講するに当たって不安はありました。

私は小さい頃から長文を書くのが苦手で読書感想文200字書くことすら苦労していたので、全10回で脚本を書き上げることができるのか分かりませんでした。

初回の授業で先生から課題の締め切りが厳しいよと言われ、さらに不安が募りましたが、結果的に20枚もの脚本を書き上げることができ自分でも驚いています(笑)。

これはたまたまなのですが、同い年の受講生が同期に2人いたというのも自分にとっては励みになりました。
授業後、駅の改札付近で2,30分くらい立ち話をしながら反省会をしたこともありました(笑)

●今後の目標
やりたいことがたくさんあるのですが、1つは地元・京都をテーマとした脚本を書くことです。
また落語や歌舞伎が好きなので、そういう脚本を書けたらいいなと色々と妄想しています。

先生・スタッフの皆さま、ご指導いただきありがとうございました。

仲野 克哉(基礎クラス14-3受講)

「創作と人生」

楠本先生ご講義の柱である「主人公がどのように成長していくか、その行動変化を描くのが脚本」「主人公の行動目標の設定がキーポイント」のシンプルさに、深く同感しました。そして、このシンプルな法則は人生そのものにも当てはまることに気がつき、自分の歩んできた「シンプルなことが(も)出来ていない」人生を深く反省する、という おまけが付きました。しかし、シナリオ作りの基礎は分かって形あるものを作っていくことの苦しさと言ったら、七転八倒と言ってよいほどです。

▶企画段階:楠本先生の仰った通り、ここは楽しいです。時代や場所、何となくおもしろくて華のありそうな登場人物を5パターンくらい夢想するのに、何の苦労もありません。後で考えると、この段階で既に発想が貧弱なのですが。

▶アウトライン段階:企画の中で、ものになりそうなものに絞り物語の粗筋を考えますが、早くも自分は一体どんな物語を作りたいのか、と迷路に入ります。悲劇か喜劇か。恋愛モノか家族モノか。現代劇か時代劇か。主人公は男か女か。迷った挙句、今 自分にはこれといって書きたいテーマはない事に気づきます。特に食べたいものがないのと同じ。知的ハングリーさに欠ける人生を送ってきた自分に気が付きます。

いや、自己弁護も兼ねて申し開きをすると、私にも人生の悩みはあるし、それはドラマの主題にもなり得ます。しかし、今はそれを特にドラマ化、シナリオ化したいとは思わないのです。自分の経験や感情をぐいぐいと言葉、科白にしていく覚悟や気力がない、と言いますか。創作活動をするためには、ハングリーさ、覚悟、気力が要ると思います。
従って、私は自分の感情や人生からは離れた、他人の人生に材を探してしまいました。そちらの方が楽だから。
しかし、他人事から物語を生み出すためには「是が非でも書きたいテーマ」を日頃から求め、温めておくべきだと思います。
私は、自分でも全然 感動しそうもない、しかし一応話のつじつまの合うアウトラインを作りました。

▶企画書・プロット段階:ここから難度がぐんと上がります。企画書(らしきもの)を書いてみると、我ながらその詰まらなさに嫌になります。せめて「おや?」と気を引くユニークさが欲しいのですが、斬新な発想が湧いてきません。
では、企画書は後回しにして、ともかく論理緻密な物語のプロットを作ろうと思っても、進むべき方向が決まっていないだけに迷走します。また、第3者から「なぜ主人公はそう考えるのか?」「主人公のその時の心理状態は?」と突っ込まれて聞かれると、それに答えるに必要な、主人公の人格の確立が出来ていないと分かります。楠本先生が仰った「先ず、主人公はどんな人間か、徹底的に細部を考えておくこと」の必要性が痛感されます。

▶ハコ書き:何とか登場人物の輪郭とプロットらしきものは出来ました。ここからは、楠本先生が仰る「頭の中でカメラを回せ」にすがり、主人公ら登場人物が頭の中で自然に動き出し、物語を紡いでいってくれることを期待しました。確かに映像のイメージらしきものは頭の中にぼんやりと浮かびますが、主人公が、他の登場人物が、自ら立ち上がって歩きだす気配はありません。こちらで無理にでも動かすほかなさそうです。
途中で、次のシーンをどう展開すれば良いのか分からなくなってしまいました。しかし、アウトラインの段階に戻り、一から作り直す時間もありません。

▶シナリオ書き:30分ものでも400字30枚の結構な分量となります。我ながら発想がおかしいですが、これだけの分量を生み出すにはどうしたら、と悩み、登場人物にとにかく語らせることにしました。そうすると、登場人物たちの言葉だけはどんどん紡ぎ出されるのです。しかし「主人公の行動変化」という主軸にはつながらない無駄な言葉の羅列とも言えます。楠本先生の仰る「ストーリーが先に進まない」状態です。
時間もなくなり、脇役たちに長尺の背景説明をさせてストーリーを強引につなぎ合わせるだけで終わりました。これでもシナリオと言えるなら、しかしこれでドラマを撮りたいと思う人は私を含めて皆無でしょう。全然おもしろくないから。

やはりドラマは観客である人間のために、人間の営みを見せるものである以上、人間以外のもの、宇宙や自然や動植物からは始まりません。その人間像が確立していないのだから、環境や歴史背景等をいくらいじっても、少なくともおもしろいものにはなりません。

がっくりした自分を励まし次作に挑むために、これから私は主人公探しの旅に出ます。出会う人、TVに出ている人、新聞記事に出ている人、あるいは小説の登場人物。これは、と思う人物に出会えたら、あるいは私の頭の中にそういう人をしっかりイメージできたら、私は再びキーボードに向かいシナリオ作りを始めるでしょう。

そして実は、私は私自身の「しょーもない」人生を描きたいのです。他人事の取材や想像をする必要もなく、「わたくしネタ」はたくさん持っているから。しかし、それだけの覚悟や気力を備えることができるかな?

タケル(基礎クラス14-3受講)


 

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